委託販売(価格お問い合わせ) 無鑑現状販売 肥前国忠吉 白鞘入り 刃渡り一尺七寸六分 反り四分 鑑定に期待

刃渡り(長さ) 53.4センチ

反り    1.2センチ

元鎬厚 7.3ミリ     元重ね7.1ミリ

先鎬厚 5.4ミリ     先重ね5.1ミリ

元幅 31.4ミリ

先幅 23.2ミリ

刀身重量609g

ハバキ 銅

目釘穴 1個

鑢目 切心やや勝手下がり

銘文  肥前国忠吉

刃文 互の目乱れ尖り刃交り 小沸出来、葉、足入る

帽子 直ぐに小丸返る

鍛え 地鉄良く錬られ、板目詰み小糠調に鍛える

寸法、グラムは約でご理解ください。刃渡り・反りなど登録書を映しております。

忠吉の評価額  500~1300万円

説明

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委託出品 無鑑現状販売

忠吉について

初代肥前国忠吉は最上大業物、誰もが知るであろう著名刀工。

鍋島藩お抱え鍛冶。

新刀期における肥前刀は極めて重要な位置を占め、 主流の忠吉家をはじめ各流派が出て展開する。

初代忠吉は肥前長瀬村(現在の高瀬村)で元亀三年(1572)に生まれる。

橋本新左衛門と称し、元は武家であったとも言わる。

忠吉は十三歳で長瀬村の肥後同田貫善兵衛の家に倚り刀剣鍛法に従事し慶長元年(1596)藩命により一門の宗長と共に京の埋忠明寿門に入り、忠吉は鍛刀を、宗長は彫刻を学ぶ。

「肥前国忠吉」と五字銘に切った為、五字忠吉と通称があり。

江戸時代前期から後期に渡り活躍する。

忠吉は9代(明治の廃刀令により槌を置く)まで続く。

本刀、肥前刀、特に忠吉の薄い皮金から小糠肌の特徴現れ、銘も偽銘切りの特徴なく、無鑑なれど鑑定に期待できる一振り。

鍛錬から焼入れ全てが上手く、匂口均一になる。

夢ある一振り。作刀時代は江戸時代中期でみております。

日本刀は日本の有形文化財でございます。

私たちが後世に残すべき大切な文化財です。

次の主が見つかるまでの間、一時的に弊社にてお預かりし、お世話をさせていただいております。

刀剣のお買取り、下取販売、仲介も承っております。

 


商品の状態

*刃切れ・刃絡み・目視上の刃こぼれ・曲がり・撓え・膨れ・匂い切れ・駆け出しなどございません。
*時代による、汚れ、細かな擦れ傷,劣化等はご了承ください。写真を参考にしてください。

追加情報

脇差