刀の原価

『日本刀の科学』という書籍が出版されているように、日本刀には技術的な価値が未だに存在し、さらに千年以上引き継がれている伝統的な価値、その時代に製作された刀を実際に手に取ることで感じられる歴史的価値、そして私たちの目や心を魅了する美術的な価値があると考えます。

複数の価値が存在する中で、新たな価値を見出したり、また別の評価をするのは個々の自由であり、人それぞれで良いと考えております。

今回、刀の原価について考えることがあり、このページをつくってみました。

刀の評価額についてはこちら

目次

刀の原価

反りがある刀剣は平安時代末期から作刀されました。そして令和になった現代も作刀されており、平安時代に作刀された刀でも研磨されれば1000年経った今でも光輝き、博物館でも展示されたり、刀剣店にも展示され現代刀と同じく売買もされております。

当時の作り方は一部解明されたり、推測されてはいるものの、流派や秘伝が存在し、当時の価値、材料費、コスト、細かなことは不明です。まだまだわかないことが多いのがこの刀の世界です。

そのため古刀の原価を表すことは難易度が高く、私たちと同じ時間の中で共に生きている現代刀工の一般的な原価をここで記載しようと思います。

原価とは簡単にいうと「製品やサービスを顧客に提供するまでにかかる費用」で、 一般的にはその費用を構成する要素として「材料費」に「人件費」や「経費」を加えたものと定義されております。

卸売・小売業者の「売り上げ金額」から「利益」を除いた金額です。

それをもとに原価計算したところ、二尺三寸の刀1振の制作原価は受注量MAXすべて完売するという想定で約80万円となりました。(白鞘納めで拵代金は含まれてません。)

玉鋼代:約50,000円 約4から10キロ 2級A5,000円で計算(失敗も含め)

炭代:約231,000円 松炭30俵 300から360kg一俵7,700円で計算(失敗も含め)

研ぎ:138,000円(寸6,000円の低価格美術研磨)

ハバキ:25,000円(銅一重)

白鞘:46,000円

美術刀剣製作承認申請800円

登録料6,300円

刀袋2,000円

ここまで499,100円

(2024.2月の価格で計算)

さらに人件費を加えます。

刀は規則により年間で24振りしか現代刀は作刀許可されておりません。(短刀又は脇差だけなら36振り)

刀鍛冶の給料を年500万円で計算すると刀一振りにつき人件費208,333円となります。(500万円÷24振り)

これを加えると707,433円です。

これでもまだ機械式ハンマー代金等の設備費用や家賃は含まれてません。

設備・機械等を1000万円、40歳から70歳までの30年間修理しないで稼働したとして

刀では720振り製造でき、一振りあたり、1000万円÷720振りの13,888円となります。(電気代は含めてない)

これを含めると721,321円

そして最後に家賃を入れると75,000円追加され(事務所兼作業場付で近所迷惑にならない敷地の広い田舎の一軒家を想定月15万円 年間180万円÷24振り)

796,321円

弟子の面倒をみる費用、炭等の送料、電気代をいれずにこの金額です。

約80万円です。机上の簡単な低価格(銅ハバキ佩き、低価格美術研磨仕上げ、拵制作しない白鞘納め)の原価計算となります。

より細かく、現実的に書けば5年以上の下積みの期間もありますし、研究費用、そして販売するための広告、刀工自体のブランディングも必要ですし、会社経営同様、売れ行き、波があり、それを考慮すると一振りあたり高く販売しないといけないでしょう。

上記の計算は受注が全て埋まっている金額です。商売上では稀である「受注量MAX」「完売」「納品後のトラブルや作り直し無し」をイメージしての金額です。

受注がずっと上限まで埋まるというは現実的ではありません。

24振りではなく半分の年間12振りの売れ行き想定ならば一振り単価を約109万円に定める必要があり1.36倍になります。(499,100円はそのままで以降は倍、人件費回収41.66万円+設備回収2.77万円+家賃回収15万円=約109万円)

3分の1の年間8振りの売れ行き想定であれば一振り単価を約139万円に定める必要があります。(499,100円+人件費回収62.5万円+設備回収4.16万円+家賃回収22.5万円=約139万円)

これらはあくまで机上の原価です。(計算間違いしていたらひっそりと教えてください)

今も昔も刀鍛冶は当然人間であり、人である以上生活があります。必要な報酬がなくては生活や仕事が継続できません。刀鍛冶がいなくなればその時点で伝統も終わってしまいます。

刀の作法で、礼をしますが、私は所有者様への礼はもちろんなのですが、一番は作刀した刀鍛冶、研ぎ師、手掛けた「人」へ向けて礼をしております。凝ったハバキや拵全て含め、職人である人の手によって、丹念に時間をかけ、細部に至るまで熟練の技術で仕上げたことが想像できます。欠点を探したり言うのは簡単ですが、作るのは難しいです。

「言うは易く行うは難し」

私は刀鍛冶を諦めた人間です。自分へ言ってます。

刀の価値

ダイヤモンドの原価と付加価値について

日本刀とダイヤモンドは物質的に違いますが、似ているようなところもあります。

高貴な品、光、美しさ、象徴、価値、中古市場の存在、換金性等があげられます。

日本刀と共通点があるこのダイヤモンドの原価については、原石の価格が全体のコストの大部分を占めているわけではなく、採掘コストと研磨コストが主な構成要素です。

通常の商取引においては、原価に付加価値を加えることが一般的です。

そのため、ダイヤモンドの販売価格は原価の2倍から高いところでは10倍に設定されております。

日本刀はどうでしょうか?

最初に記載した原価から原価割れをおこしている刀鍛冶の方もいるのではないでしょうか。

ダイヤモンドも素晴らしい研磨がされていると思われますが、日本刀もそれに負けてないはずです。

関与する職人の数、工程、費やす時間、全て日本刀が勝っているのではないでしょうか。

ダイヤモンドの製造時に「魂を入れた」という言葉は私は聞いたことがありません。

逆に刀鍛冶の「日本刀は永遠の輝き」とうセールストークを聞いたこともありません。

負けているのは私含め、販売力がダイヤモンド商に負けているのかもしれません。

刀鍛冶の作る刀のその技術的価値、美術的価値、芸術的価値を含めてダイヤモンド以上に適切に評価され、価格に反映されてほしいと個人的に強く考えおります。

日本刀は日本独自の有形文化財であり、日本人の精神にも深く根ざしており、ダイヤモンドにはない文化的な価値もあります。

歴史、伝統、美、業が詰まっております。

ダイヤモンドを超えた倍率の付加価値がついて良くないですか。

ある外国人は日本刀は金(GOLD)よりも価値があると言いました。

2尺3寸で800gとした場合、g1万円の単純計算で800万円です。(2024.2.8 金販売価格10,725円/g)

そう考えると一般的に流通している古刀、新刀、新々刀、現代刀全て安くないですか。

そして何より刀の価値は原価から求めるものしょうか?

(やっと言ったかと思われたかもしれませんが、原価というページ名にして価値を書いてしまったためここまで長くなってしまいました。すみません)

刀は私たち愛刀家の心を落ち着かせたり、美術品として目の保養になったり、ステータスになったり、ある人には守り刀として、ある人には投資用、ある人には武道、居合、実用の物斬り用となり、ある人には歴史をその手で感じるものとしての存在になってくれます。

これら以外にもさまざまな楽しみを与えてくれるでしょう。

この多面的に与えてくれるものに価値が隠れているのかもしれません。

また、このような複数の面の価値があるからこそ評価が逆に難しいのかもしれません

制作の工程(刀鍛冶・研師)
私たちが手にする日本刀はさまざまな職人(研師、白銀師、鞘師)を経て作られます。刀身は刀鍛冶が作ります。

その打ち下ろしの刀はまだ刃文が僅かに見えるかどうか荒砥で鍛冶押しの状態です。刃の働きや肌を鑑賞するには研ぎ師による化粧研ぎが必要です。

工程(一般的に1から10は刀鍛冶、11から16が研ぎ師)
  1. 玉鋼の注文(1級、2級など炭素量、不純物の違い等による等級があります。作風にあったものを使用)
  2. 水へし・小割り(玉鋼の選別)
  3. 積沸し(選別し、小割りにした玉鋼をテコ棒で一つの塊にします)
  4. 鍛錬(折り返し鍛錬します。理論上10回で1024層、15回で32768層になります。2の15乗)
  5. 組み合わせ(各刀鍛冶による造り込みがあります。丸鍛は4のまま、甲伏せは柔らかい心鉄にU字に硬い皮鉄を被せ、四方詰は刃、峰、芯、平地である側面の4つの異なる鍛錬された材料を鍛接させます)
  6. 素延べ・火作り(5の状態はまだ刀の状態ではありません。インゴットのような鉄の塊りの状態です。これを平板状に伸ばしていきます。これに小槌や銑鋤という鑢をつかい整えます。まだ反りは入れません。仕上がりの反りの具合によっては、逆に刃側に反る姿にします。書くのは簡単で、過去に素延べをやったことがありますがこれだけでも非常に大変でした。くの字になったり、凹み過ぎたり、平たく綺麗に整えるだけでも温度の見極めや力加減、槌使いの技術が必要です。)
  7. 土置き(刃文作るために、刀鍛冶が独自に配合した粘土を刃文にしない部分に塗ります。刃にも薄く塗ったり、自由にできます。厚く塗ると次の8の焼き入れ時の急冷しませんが、あまりにも火床の温度を高くしすぎると、薄く塗ったところと塗ってないところの差に変化がなくなります。足をつくっても足が消えます。)
  8. 焼き入れ(約800度に熱し急冷します。20年ほど前なので、記憶違いがなければ、刀を炭の中で動かし、まんべんなく熱し、炭の炎が青いくらいの色になったら取り出し、真っ暗な場所で赤めた鉄の色味を見極めそのタイミングで焼き入れと教わりました。水温含めこの温度が非常に大切だと聞かされました。刀を均一に赤める必要があります。水、ぬるま湯又は油に一気にいれ急冷させます。これにより、炭素が吐き出せず、マルテンサイトという陶器並みの刃が生まれるとされております。よくここで魂を入れるとか魂が入ると言います。温度と炭素量による絶妙な加減があるからだと思います。因みにここで日本刀の反りが生まれます。スローモーションで焼き入れを見ると刀がお辞儀をするような動きありました。最初は刃側が縮み、そのあと峰側縮むような動きです。体積差、温度差、組織の性質の差により、このような動きになるとのことです。マルテンサイトになると膨張し体積が増えるから反るらしいです。この後焼き戻しという作業をします。)
  9. 成形(焼き入れ後、変形します。微妙な捻じれ、曲がり等を削ったりし修正します。刃切れが出たら修復できません。一からやり直しです。使ったとして材料として再利用くらいです。)
  10. 銘切り(9で問題がなければ刀鍛冶が銘を切ります)
  11. 下地研ぎ(ここからは研ぎ師の出番です。深い錆びや成形が必要であれば金剛砥石を使用、次は約400番の備水砥、次は約800番の改正砥、次は約1000番の中名倉、次は約1500番の細名倉、約の3000番の内曇り刃砥と地砥を使用し研いでいきます。金剛砥は主に成形に、その後は前の砥石目を消していくような作業です。ヒケがでたら前、もしくはもっと前の砥石に戻りその傷を消す必要があります。その時には目立ったなくても仕上げで非常に目立ちます。これも実際にやってみて懲りました。)
  12. 仕上げ研ぎ(内曇り砥を薄くし、裏面に和紙を樹脂で貼った刃艶と同様に鳴滝砥に貼った地砥を使用し、指で研ぎます。下地研ぎは刀を動かし研ぎますが、仕上げからは砥石がこのように小さくなり、砥石を動かします。因みに天然砥石のため、硬さが微妙に違ったり、刀も硬さがさまざまなため、研ぎ師でもこれを合わせるだけ1日かかる場合もあるとのこと、そして薄くしたり、この刃艶等をつくるのにも時間と手間がかかります。基本的に買うのではなく、研ぎ師が作るのです)
  13. 仕上げ研ぎ(拭いの作業です。鍛錬鉄等を細かく砕き、乳鉢等で粉にします。そして吉野紙をフィルターにして油で濾します。濾して出た油を使用します。今でいうコンパウンドですが、これがまた市販のコンパウンドでは代用できません。理由は別のページでご説明します。)
  14. 仕上げ研ぎ(刃取りです。刃取りしない美術研磨もあります。拭いをやりすぎると刃文が消える時がありますし、全体的に黒っぽくなります。刃文を白くするための刃取です。刃艶を使用して刃取します。)
  15. 磨き(磨き棒という超硬のペン状の道具やヘラがあります。それを鎬地と峰で擦ります。顕微鏡で見ると潰れているように見えました。この作業をするとピカピカになり、金属的な光沢がでます。研ぎ師により、ハバキ元と切先峰部に流しという化粧サインも作ります。主に奇数の線で線を書かない研ぎ師も当然います。平地はやりません。光らせると肌が見えなくなるため。)
  16. ナルメ研ぎ(竹ベラを使用し刃艶で横手を切ります。ただしこの時点である程度整っている必要があります。なるめ台に和紙をのせ刃艶を置き帽子を研ぎます。この時は下地研ぎの要領で、刀を動かします。)

ここで研ぎまでが終わります。このような気の遠くなる作業をします。因みこれでもまだ鎺や鞘の制作工程は書いてません。

免許制を廃止しても野鍛冶屋さんでも包丁などの専門鍛冶屋さんでも技術的に日本刀の作刀は難しく、包丁専門の研ぎ師さんも日本刀を研ぐのは難しいのではないでしょうか。上記のように構造も異なり作業工程数も全く違います。その特別な技術をもつ職人がこのような作業をして日本刀はできあがります。

陶芸のように焼きあがって完成し(正確には焼き入れ)、失敗したり逆に傑作が生まれることがあります。

現代の鋼のJIS規格のようなものは日本刀の世界になく、炭素量がバラバラになるため、焼き入れするまでどうなるか予想しづらいのです。

そして焼き入れ後でも、失敗が判明したら作り直ししなければなりません。焼き入れ時や成形時に刃切れが発生する可能性もあるのです。研ぎも仕上げ途中で間違って傷でもつけてしまったら、その傷の深さまでの砥石の戻ってやり直すのです。鎬や峰の使う磨棒なんか滑って大変なのです。

最後に

刀鍛冶の入魂代金が価格に含まれておりませんでした。追加してください。

もし貴方が世界でも数少ない特殊な技術をもつ職人となり、魂を入れ完成させた作品にいくら付加価値を追加しますか?

刀の価値が見直されたのか為替の影響か近年、外国人の購入が目立ちます。安いのは今だけかもしれません。

海外では保険会社までもしっかりと美術品を評価しているようです。その点では日本は遅れをとっております。

日本刀は唯一無二で、世界に一つしか存在しないのです。同じ刀鍛冶の手によって生み出されたとしても、まったく同じ刀を再現することは不可能です。そして匠と言われる彼らまでもが悩む神頼み的なところがある芸術品なのです。

この機会に再度、日本刀の価値を考え直し、再評価してみてください。

最後に欲しい方次第で特別に評価されたり、高額売買された刀剣をご紹介します。下記以外にも買手次第で評価される刀剣は沢山眠っていることでしょう。

  • 長船則光(のりみつ)           3500万円   令和4年 京都国立博物館
  • 山鳥毛(さんちょうもう)         5億円      令和2年 岡山県瀬戸内市
  • 長谷部国重(はせべくにしげ)       3500万円   令和元年 京都国立博物館
  • 粟田口国吉(くによし)          4000万円   平成30年 京都国立博物館
  • 則房(のりふさ)(無銘極め)       3億5000万円 平成30年 九州国立博物館
  • 当麻(たいま)(無銘極め切付金象嵌銘有り)4000万円   平成22年 東京国立博物館
  • 大包平(おおかねひら)          6500万円   昭和42年 当時文部省令和6年現在東京国立博物館所蔵
秀吉も刀が好きで刀と国の交換を迫った一国氏貞という逸話まであるのです( ̄∇ ̄)
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